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名古屋高等裁判所 平成元年(ネ)331号 判決

主文

本件控訴を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  記録によれば、控訴人は、本件の原判決(平成元年三月一日言渡)につき、平成元年五月二九日その送達を受けた(それ以前に適法有効な送達はなかった。仮に送達があったとしても、控訴の追完が許されるべきである。)として同年六月一日当裁判所に控訴を提起したことが明らかである。

他方、同じく記録によれば、原裁判所は、右判決の送達につき、民訴法一七二条所定の、いわゆる郵便に付する送達(以下「付郵便送達」という。)の方法でこれを行うこととし、平成元年三月二七日右判決正本を控訴人の頭書住所地(以下「控訴人住所地」という。)宛書留郵便に付して発送したことが明らかである。

二  そこで、本件控訴提起が控訴期間を徒過したものであるか否かにつき職権で調査するに、記録(本件に付随する当庁平成元年(ウ)第一八三号強制執行停止決定申立事件の記録を含む。)によれば、次の事実が認められる。

1  本件訴訟は、昭和六三年七月四日提起され、原裁判所は同月八日、訴状副本、答弁書催告状及び口頭弁論期日呼出状(以下「訴状副本等」という。)を控訴人住所地の控訴人宛郵送(郵便による特別送達。以下同じ。)したが、受取人不在により不送達となった。

2  その後、控訴人が入院中につき自宅に不在である旨聞知した当時の被控訴人(原告)訴訟代理人弁護士から、原裁判所に対し、右送達先を控訴人の入院先である「名古屋市瑞穂区玉水町一-三-二新生会第一病院二二七号室」にされたい旨の上申がされ、これを受けて、原裁判所は、同年七月二八日及び同年八月二日の二度にわたり、訴状副本等を右入院先宛郵送した。

3  右郵送に係る訴状副本等は、同年七月二八日郵送分については到達しなかったが、同年八月二日郵送分については、翌三日、右新生会第一病院に到達し、同病院の事務員川原節子が通例に従い入院患者に代わってこれを受領した上、直ちに同病院事務部の後藤康夫に回付した。後藤は、同日か、遅くとも翌四日中に、当時入院していた控訴人に対し、右訴状副本等在中の封書を手渡したが、右書面は、同月四日、病院関係者以外の何者かによって、封書ごと原裁判所に返送された。

4  控訴人は、同年八月四日、転居先若しくは転院先を明らかにしないまま右病院を退院し、その後も、右病院、若しくは、原裁判所に対し、新たな住居所を通知することはしなかった。

5  原裁判所は、更に、執行官送達の方法により、控訴人に対する訴状副本等の送達を試みたが、都合三度(同年九月二〇日、同月二六日、同月三〇日)控訴人住所地において試みられた右執行官送達は、いずれも全戸不在により不能に終わった。

6  そこで、原裁判所は、以上の状況を踏まえ、訴状副本等の送達を、付郵便送達の方法により行うこととし、同年一〇月六日右書面を控訴人住所地宛書留郵便に付して発送し、その後の期日呼出状等訴訟関係書類の送達も最終的には同様付郵便送達の方法により行いながら審理を進めた上、前記のとおり平成元年三月一日原判決を言渡した。

7  原裁判所は、右判決正本の送達につき、まず、同年三月七日これを控訴人住所地宛発送したが、従前同様受取人不在により送達されなかった(同月二〇日原裁判所に返戻された。)ため、これについても付郵便送達の方法をとることとし、前記のとおり、同月二七日、右判決正本を控訴人住所地宛書留郵便に付して発送した。

8  控訴人の住民票は、頭書住所地にあり、控訴人自身、控訴状、準備書面等においても、頭書住所地が控訴人の住所地であることは認めている。

以上の事実が認められる。

右認定の事実経過、殊に、原裁判所が最初の付郵便送達の方法をとる前既に、訴状副本等につき、控訴人の住所及び知れたる居所(前記新生会第一病院)宛に、相次いで郵送による送達が試みられ、更に、控訴人住所地において執行官送達が試みられたが、いずれも不送達に終わったこと、右のうち前記新生会第一病院宛郵送された訴状副本等在中の封書については、控訴人においてこれをいったん手にし、少なくともその内容を了知し得る状態にあったこと、最初の付郵便送達の方法をとった後、原裁判所においては、控訴人の新たな居所等を確知し得る状況になかったこと、なお、判決正本の送達にあたっても、念のため、まず郵送による方法がとられたことなどの事情からして、前示のとおり原裁判所の行った付郵便送達は、判決正本送達の際のものを含め、控訴人の住居所宛郵送等他の方法によっては訴状副本等や判決正本の送達ができないため、やむを得ず行われたものであって、民訴法一七二条所定の要件を満たす相当なものであったというべきである。そうであるとすれば、本件原判決は、判決正本につき、書留郵便に付して発送された、前記平成元年三月二七日に送達されたものとみなされる(同法一七三条)ので、控訴人についての控訴期間は、これより二週間の不変期間を経過した同年四月一一日午前零時をもって満了したこととなる。

もっとも、一般的には、訴訟当事者がその責に帰すべからざる事由により右不変期間たる控訴期間満了までに控訴の提起を行わなかったときには、その事由がやんだ後に、なお、いわゆる控訴の追完を行うことができるものと解される(同法一五九条一項)。しかしながら、前認定のとおり、控訴人は、昭和六三年八月三日若しくは同月四日、いったん訴状副本等の存在を了知し得る状況にあったところ、その直後、前記新生会第一病院を退院して、原裁判所等にその所在を連絡することもなく経過したものであり、又、記録によれば、右退院後、控訴人において、時々控訴人住居地を自ら訪れ、あるいは、他の者をして同所に赴かせれば、少なくとも、郵便局の書留郵便預かり通知書等の存在により控訴人住所地宛に裁判所からの書留郵便物が発送されていること、ひいては、控訴人に対し本件訴訟が提起されていることを十分了知し得る状態にあったことが認められるのであって(控訴人提出に係る準備書面中の記載によるも、控訴人において、右退院後、本来の住所地宛の郵便物を確知し得なかったとする特段の事情は、何らうかがわれない。のみならず、名古屋地方裁判所執行官安藤哲男作成の昭和六三年九月三〇日付送達報告書には、全戸不在であるが、近隣者の陳述によると、「たまに控訴人を見かける」とのことである旨付記されている。)、これらの事情にかんがみれば、前記控訴期間の徒過につき、控訴人に責むべき事由がなかったものとは到底認めることができない。そして、この点の判断は、訴訟の一方当事者が全く不知の間に、相手方当事者の虚偽の申出等に基づき公示送達の方法により審理、判決手続が行われた等、常識的にみて郵便による送達がされなかったことの非が一方的に相手方当事者にあると認められるような場合とは異なり、被控訴人側において、控訴人の右退院後の居所を聞知していたか否かによって左右されるものではないというべきである。

以上によれば、本件控訴は、控訴期間を徒過した後に提起されたもので、民訴法一五九条一項所定の控訴の追完も許されない場合であったといわざるを得ず、その余の点につき判断するまでもなく、不適法であり、これを補正することができない場合に当たるものというべきである。

三  よって、民訴法三八三条により本件控訴を却下することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅香恒久 裁判官 窪田季夫 裁判官 畑中英明)

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